ヨコエビの人道的な殺し方
代表的なヨコエビの紹介記事の途中ですが、
箸休めの話題です。
といってもヨコエビの話ですが。
数年間のことですが、
“甲殻類も痛みを感じるので捕獲、運搬、収容、殺す時には
人道的な方法を取らないといけない”という話がありました。
スイス政府はロブスターを熱湯に放り込む従来の調理法を禁じ、
事前に気絶させてから絶命させることを義務づけているそうですし、
オーストラリア サウスウェールズ州では「魚や甲殻類の人道的な殺し方」の
ガイドラインが存在するそうです。
このガイドラインでは、ロブスターなどのエビ類の場合は下記の3段階で
“神経中枢を破壊”することを推奨しています。
(1)カットしたり、茹でたり、あぶる前に20分は塩水か氷水につけておく
(2)尾と頭の接合部分近くの正中線を切り、頭に向かって切断する。
(3)尾と頭の接合部近く正中線から尾に向かって切断する。
ポイントは前脳・中脳・後脳などの頭部神経節だけででなく、
胸部と腹部の各節の神経節を破壊することです。
認定NPO法人アニマルライツセンタのHPでは下記のように記述しています。
“ロブスターは体の縦の線に走る中枢神経がある。
刺身(生食)やボイル(調理)するには、縦方向に鋭いナイフで切断することにより
これらの神経中枢を破壊しなければならない。”
では、ヨコエビの人道的な殺し方とはどんなものでしょうか?
まずは上のヨコエビ(ヘッピリモクズ属の1種 Allorchestes sp.)を材料にして
“ヨコエビの中枢神経”を見てみましょう。
なお、このヘッピリモクズは今年の1月に茨城県ひたちなか市で採取したもので、
低温状態で持ち帰った後に、冷凍庫で保存しました。
低温で死亡したと思われます。
ヘッピリモクズの胸部神経節を取り出したものです。
おそらく、第5~7胸節に対応しています。
本当は頭部の神経節も見たいのですが、
頭部と第1~2胸節付近の内部構造はぐちゃぐちゃしているので、
神経を取り出せませんでした。
これを見ると球形の神経の塊が3個あって、
それが2本の神経で連結されていることが分かります。
このような構造を“はしご状神経系”と呼びます。
また、神経の塊のことを神経節と呼びます。
はしご状神経系は原始的な甲殻類ほど顕著で、
鰓脚綱では神経節が小さく左右に分離し、
左右の神経節が2本の横走する神経で接続されるので
より“はしご的”になります。
一方、カニなどの派生的な十脚目では神経節が融合し、
“はしご構造”が見えなくなっています。
この写真の神経節は主に第5~7胸脚の運動と感覚を支配しているものと思われます。
歩いたり泳いだりするためには個々の神経節が連携して活動する必要があるので
神経節を繋ぐ必要がありますが、
ヨコエビの“はしご状神経系”では左右2本の神経で接続しています。
人間で言えば脊髄が左右2本あるようなものですね。
一方、今回の解剖では取り出せませんでしたが、
頭部には前脳・中脳・後脳という大きな神経節があって、
それぞれ触覚と複眼を支配しています。
さて、本題です。
ヨコエビの意思(意識)の中枢を素早く破壊することが
“ヨコエビの人道的な殺し方”につながるという事を前提に、
ヨコエビに意思(意識)というものがあるとすれば、
それは何処にあるのでしょう?
水波誠氏の書かれた“昆虫 -驚異の微小脳”中央新書、2006年では、
昆虫の場合には頭部神経節が眼や触覚などの感覚器官からの信号を統合し、
運動の指令を送り出していると、書かれています。
であれば、頭部神経節を破壊すれば意思(意識)は消失するようにも思えます。
(昆虫は甲殻類から派生した生物なので、内部構造はよく似ています)
一方で、甲殻類の“はしご状神経系”のネットワークが全体として
行動決定(意識)を担っているという可能性も考えられそうです。
哺乳類のように脳に情報処理を集積するのではなく、
複数の神経節が連携することで情報処理を分散処理するような考え方です。
例えば、第7胸脚が捕食者に触れたとき、
逃げるかどうかの最初の判断は頭部神経節ではなく、
第7胸節付近の神経節のネットワークが判断(反射)している可能性があります。
人間でも釘を踏んだら足を上げるなどの単純な反射はありますが、
甲殻類の場合は釘を踏んだら、頭部神経節が痛みを感じる前に走り出しかねません。
つまり、痛みを胸部の神経節が感じて行動しているという考え方になります。
(以上は、私見です。)
その様なわけで、オーストラリア サウスウェールズ州の
「魚や甲殻類の人道的な殺し方」のガイドラインでは
全ての神経節を一気に破壊することを推奨しているのだと思います。
実際、ロブスターの場合、頭部神経節を破壊しても動きそうですし。
結論として、ヨコエビに痛みを感じさせる間もなく確実に即死させるためには
全ての神経節を同時に破壊する必要があるわけですが、
潰さない限りそれは不可能なので、やはり今まで通り低温で神経活動を停止させる方が、
人道的と言えるでしょう。
今回のコラムでは多分に私見が入っています。
本格的に勉強したい方は前述した
水波誠著“昆虫 -驚異の微小脳”中央新書、2006年がお勧めです。
コロナウィルスのご時世ですし、この機会に
昆虫や甲殻類が痛みを感じるとしても、そこに意識があるのかとか、
そもそも節足動物に快・不快の感情があるのかとか、
頭を雌に食べられたカマキリの雄は何を考えているのか、
などなど、じっくり考えるのも良いかもしれません。
以上、ヨコエビを即死させるのは難しい、というお話でした。
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