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2018年8月12日 (日)

昔話:Shionodiscus biporusと博士論文


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何の変哲もない珪藻ですが、
私にとっては思い入れのある種です。
博士課程の学生だった頃に新種記載した化石珪藻で
Shionodiscus biporus (Shiono) Alverson, Kang et Theriotという学名です。
当時はThalassiosira bipora Shionoという名前でした。
深海底掘削コア試料(DSDP580-16-2_83-84cm)から見つけました。

Thalassiosira trifultaという珪藻の分類に混乱があるかもしれない”
という当時の担当教官のカンにより始まった研究でした。
実際に何がどうということも分からなかったので、
とりあえず光学顕微鏡とSEM(走査型電子顕微鏡)で
色々な年代の試料(深海掘削試料)を観察していきました。
すると、ある試料において光学顕微鏡ではThalassiosira trifultaが見つかるのに、
SEMでは見つからないという壁にあたりました。

Thalassiosira trifultaは殻の中央部に数個の小さな穴が並んでいて、
SEMで細胞の内側方向から観察すると、
その穴は有基突起という1μmよりも小さな構造に繋がっています。
この有基突起と殻の接合部に3個の微細孔があり、
さらに有基突起自体にも3本の支持構造があることが
Thalassiosira trifultaの特徴です。
なお、有基突起を学名でfultoportulaと呼ぶのですが、
3個の(tri)支持構造を持つfultoportula(fulta)というのが
trifultaの学名の由来です。

ちょっと話がそれましたが、Thalassiosira trifultaに特徴的な
3個の穴と3個の支持構造を持つ有基突起が見つからない、
ということが博士論文の最初の壁でした。

逆に変な珪藻も見つかっていました。
その珪藻は4個の微細孔に囲まれた有基突起を1個だけ持っているのですが、
そのとなりに変なスペースがあり、
そこに暗い影がありました。

そして深夜の電子顕微鏡室で何かの拍子にふと思ったのです。
“光学顕微鏡で見つかるThalassiosira trifultaと、
SEMで見つかる【変な珪藻】は同じものなのではないか”
もちろん、Thalassiosira trifultaは間違いなく存在しますので、
この【変な珪藻】は光学顕微鏡ではThalassiosira trifultaに酷似している
別の珪藻ということになります。

ただ、それにしては光学顕微鏡とSEM観察で穴=有基突起の数が異なります。
光学顕微鏡で【変な珪藻】を観察すると必ず2個の穴が見つかるのですが、
SEM見つかる有基突起の数は1個です。
この矛盾を突破する鍵が有基突起の隣にある変な暗い影でした、
暗い影は内部に空洞があることを示しています。
つまり、【変な珪藻】は2個の穴を持っているが、
その内の1個だけが有基突起に繋がっていて、
もう1個の穴は塞がれている、というアイデアが浮かびました、

このことは後々、色々な方法で証明したのですが、
このような特徴の珪藻が存在しなかったので、
新種記載することになりました。
話が長くなりましたが、
これがThalassiosira biporaです。
biporaという学名は2個(bi)の穴(pora)に由来します。
学名はラテン語なので英語とはちょっとスペルが違います。

12_im180707_dsdp580162_8384cm_shion

これはShionodiscus biporus(= Thalassiosira bipora)の殻の中央部を拡大した画像です。
中央部に2個の穴がありますが、
右側【F】が有基突起で、左側【O】が塞がっている穴(occluded areola)です。
この2個の穴の違いは慣れると光学顕微鏡でも識別できます。
さらに、少し離れたところに唇状突起【R】という別の構造があるのですが、
必ず唇状突起【R】→塞がっている穴(occluded areola)【O】→有基突起【F】という順番に並びます。

さて、Thalassiosira biporaを新種記載できたことで
一気に研究は加速しました。
(以下の文章はややこしいので流し読みしてください)
Thalassiosira biporaに似た種を複数記載していたのですが、
その中に、本来塞がっているoccluded areolaに小さな穴が開いている種が見つかりました。
さらに時代が古くなると、この穴が大きくなることも分かりました。
このことは起源種から【小さな穴が開いているoccluded areolaを持つ種】を経て、
Thalassiosira biporaが進化したことを示しています。

ではThalassiosira trifultaはどうなったかというと、
T. biporaの全盛期(500万年間~350万年間)にはT. trifultaは誕生していないことがわかりました。
実はT. trifultaは中新世と鮮新世の境界を決める年代指標種のひとつだったですが、
中新世と鮮新世の境界頃にはT. trifultaは生まれておらず、
そこには生まれたてのT. biporaがいたのです。
T. trifultaT. biporaが混同されていたので当然のことです。
つまり担当教官のカンは当たりました。
ただ、起源種は一緒なので遠い昔に分かれた親戚の間柄であることも分かりました。
起源種とT. trifultaの中間の特徴を持つ種(T. praeoestrupii)も存在していました。
起源種もたった一つの種であることもわかり、鮮新世初期の百万年ほどの間(570万年間~480万年間)に、
爆発的に種数を増やしていたこともわかりました。

博士論文ではT. biporaT. trifultaの仲間たちが起源種からどのように進化したのかを議論しました。
このグループの種にとって条件の良いときに変異が大きくなり、
条件が厳しくなったときに変異とのところどころが断絶して多数の種が生まれる、
というイメージです。
実際の博士論文では、別の珪藻グループの進化過程との比較も行いました。
論文も複数かけたので、割とすんなり博士論文は通りました。

ところが、就職が難航しました。
あまりにも古典的で地味な基礎研究だったので、
他の研究への波及効果もなく、
流行の研究対象でもなく、
当時進み始めたIODPにも絡むことができす、
この研究を武器に就職はできませんでした。
結局は別分野の研究テーマでポスドクになり、
一般企業に就職することになりました。
当時は、珪藻の進化の研究なんて何の役にも立たないと言われて落ち込むこともありましたが、
今となっては、この研究ができて良かった、と思います。
財政事情もありますから、将来的に発展や経済効果が見込めるような研究でないと
予算獲得は難しいでしょう。
そのような中で地味な基礎研究に没頭できたことは幸せなことです。

この話には後日談があります。
日本では評判の良くなかった研究ですが、
海外ではそれなりに評価されたようでした。
というのも海外の研究者によってThalassiosira属から
T. biporaT. trifultaの仲間たちが分離されたときに、
新しい属名に私の苗字が使われました。
私が珪藻研究の世界からある日突然消えたので、
もしかしたら“Shionoが死んだ”、と思って謹呈したのかも知れないです。

折角なのでShionodiscus biporusのほかの写真も載せておきます。
最初の写真と同じく、昔の深海掘削計画(DSDP580-16-2_83-84cm)の試料です。
写真をいっぱい並べて共通の特徴を抽出するのが私の研究スタイルでした。

2im180707_dsdp580162_8384cm_shionod

分類   :Shionodiscus biporus
       (Shiono) Alverson, Kang et Theriot 
倍率  :1000倍 
採取  :深海底掘削コア試料(DSDP580-16-2_83-84cm) 
① 直径:28.5μm
② 胞紋密度
    中心域:6/10μm、周辺域:14/10μm
③ 有基突起と唇状突起の距離
    胞紋数:3、長さ:6.4μm
中心域の2個の細孔構造のうち、右側は有基突起、
左はoccluded areola。

3im180707_dsdp580162_8384cm_shionod

分類   :Shionodiscus biporus
       (Shiono) Alverson, Kang et Theriot 
倍率  :1000倍 
採取  :深海底掘削コア試料(DSDP580-16-2_83-84cm) 
① 直径:45μm
② 胞紋密度
    中心域:5/10μm、周辺域:10~12/10μm
③ 有基突起と唇状突起の距離
    胞紋数:4、長さ:4.4μm
中心域の2個の細孔構造のうち、右側は有基突起、
左はoccluded areola。
中心域の左側に唇状突起がある。

4im180707_dsdp580162_8384cm_shionod

分類   :Shionodiscus biporus
       (Shiono) Alverson, Kang et Theriot 
倍率  :1000倍 
採取  :深海底掘削コア試料(DSDP580-16-2_83-84cm) 
① 直径:40μm
② 胞紋密度
    中心域:5~6/10μm、周辺域:12/10μm
③ 有基突起と唇状突起の距離
    胞紋数:3、長さ:6.3μm
中心域の2個の細孔構造のうち、左側は有基突起、
右はoccluded areola。
中心域の右側に唇状突起がある。

5im180707_dsdp580162_8384cm_shionod

分類   :Shionodiscus biporus
       (Shiono) Alverson, Kang et Theriot 
倍率  :1000倍 
採取  :深海底掘削コア試料(DSDP580-16-2_83-84cm) 
① 直径:46.3μm
② 胞紋密度
    中心域:5~6/10μm、周辺域:12/10μm
③ 有基突起と唇状突起の距離
    胞紋数:6、長さ:14μm
中心域の2個の細孔構造のうち、左側は有基突起、
右はoccluded areola。
中心域の右側に唇状突起がある。

こちらは陸上の露頭(崖)で採取したShionodiscus biporusです。

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分類   :Shionodiscus biporus
       (Shiono) Alverson, Kang et Theriot 
倍率  :1000倍 
採取  :鮮新統 名洗層(千葉県) 
① 直径:30μm
② 胞紋密度
    中心域:5~6/10μm、周辺域:12~13/10μm
③ 有基突起と唇状突起の距離
    胞紋数:3、長さ:6.8μm
典型的なShionodiscus biporus
中心域の2個の細孔構造のうち、右下側は有基突起、
左上側はoccluded areola。
中心域から少し左上側に離れたところに唇状突起がある。

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