群馬県藤岡市で採取したカブトエビです。
尾節(肛門節)の特徴からアメリカカブトエビ(Triops longicaudatus)と同定しました。
最終的には“甲殻類図鑑”で記載する予定ですが、
まずはブログで情報を整理しておきましょう。
オリンパスのコンパクトデジタルカメラ Tough TG-5で
満足のいく写真が撮れたので早く紹介したい気持ちもあります。
新製品のTG-6が発売済みですが、旧製品のTG-5でもここまで撮れます!
カブトエビと言えば“鎧兜”のような背甲が特徴です。
この背甲の形が似ているのでカブトガニと混同されがちですが、
カブトエビは甲殻類、カブトガニは鋏角類なので全く異なる系統の生物です。
カブトエビは鰓脚綱(Branchiopoda)、
背甲目(Notostraca)、カブトエビ科(Triopsidae)に属しています。
鰓脚綱まではホウネンエビやアルテミア(サルソストラカ亜綱)と共通です。
双殻亜綱(Diplostraca)はミジンコやカイエビだけを含み、葉脚亜綱(Phyllopoda)はミジンコ、カイエビ、カブトエビを含みます。
鰓脚綱のなかでは サルソストラカ亜綱が異質ということでしょうか。
こちらはアメリカカブトエビを腹側から観察した画像です。
頭部に近い部分からアンテナのように側方に伸びているのは第1胴肢です。
子供の頃は触角だと思っていました。
後端の尾節(肛門節)からは2本の枝状肢が伸びます。
腹側の拡大画像です。
ヒレ状の脚(胴肢)が非常に多いことが分かります。
11番目の脚は育房に変形しています。
育房よりも前方の10対の脚と後方の脚では形状が少し異なります。
“節足動物の多様性と系統”によれば胸部と腹部の境は明瞭ではなく、
生殖節よりも前部を胸部、後部を腹部と便宜的に呼ぶそうです。
エビやヨコエビは胸部と腹部の境界が明瞭なので、
付属肢を胸肢、腹肢と分けて呼びますが、
カブトエビでは胸部と腹部が不明瞭なので、
まとめて胴肢と呼称するみたいですね。
腹側を斜めから見た画像です。
眼は背甲の上側に付いていて、口は背甲の裏側にあるので
カブトエビは食べ物を見て口に運ぶことができません。
食べられるものか、食べられないものかの判別は
眼とは別の感覚器に頼っていることが分かります。
眼は外敵を警戒するために使われているようです。
それにしても脚が多いですね。
これら多数の脚を波打つように動かして
遊泳したり餌を口に運んだりします。
さて、ここからは実体顕微鏡の出番です!
いつものニコンSMZ745Tによる画像です。
背甲前部の拡大画像です。
デジタルカメラの画像とは別の個体です。
一対の複眼が印象的です。
複眼の中央後ろ寄りにはノープリウス眼があります。
左の写真の白矢印の部分がノープリウス眼です。
ノープリウス眼は甲殻類のノープリウス幼生が持つ眼で、
カブトエビやホウネンエビなどの鰓脚綱は成体になっても
ノープリウス眼が残存します。
これは祖先的な特徴とされています。
鰓脚綱(アルテミア)の成長過程はこちらのページを見てください。
別の個体の頭部です。
左の写真の白矢印の部分は背器官(dorsal organ)です。*ノープリウス眼ではないそうです。
複眼が小さな眼(個眼)の集まりであることも分かります。
こんどは最後部の肛門節(尾節)の拡大画像です。
群馬県立自然史博物館 自然史調査報告書 第4号 内の
“群馬県内のカブトエビ(Arthropoda;Triopsidae)の生息調査”によれば、
肛門節(尾節)にある後縁棘の付き方によってカブトエビの種類を見分けることができます。
アメリカカブトエビの後縁棘は尾節の少し内側にあるのに対し、
アジアカブトエビ(Triops granarius)は尾節の後縁にあります。
この個体は後縁棘が尾節の後縁よりも内側にあるので、
アメリカカブトエビ(Triops longicaudatus)と同定できます。
日本にはアメリカカブトエビ、アジアカブトエビの他に
ヨーロッパカブトエビ(Triops cancriformis)が生息していますが
分布域は東北地方の一部に限られるようです。
次に裏返して口器付近を観察してみます。
一番目立つ四角形の構造は上唇です。
上唇はノープリウス幼生のときから持っている構造です。
上唇に隠されるように大顎が存在します。
大顎の“歯”の部分は上唇の内側にあります。
咀嚼したものが、口外にこぼれないような構造になっていますね。
大顎の隣には小顎があります。
甲殻類は第1小顎と第2小顎の2個の小顎を持ちますが、
アメリカカブトエビは第2小顎がないそうです。
でも、この画像を見る限り小顎は2個あるように見えますね。
この辺りは後で解剖して調べてみましょう。
小顎からは正中溝が伸びています。
これは左右両側の脚の基部の間の溝の部分で、
口の後方に向かって棘が伸びています。
左右の脚の動きによって集められた餌が正中溝に移動して
さらに正中溝の中を口側に移動して
最終的に大顎で咀嚼されるという構造になっています。
口器の隣には短い触角があります。
甲殻類は第1触角と第2触角の2個の触角を持ちますが、
片方は退化しているようです。
Wikipediaによれば
“第二触角は著しく退化し、完全に欠如した場合もある。”
そうなので、これは第1触角かもしれません。
さて、それでは少し解剖してみましょう。
“甲殻類図鑑”では解剖した全てのパーツを記載するつもりですが、
ブログではダイジェストでいきます。
こちらは小顎です。
基部は1本ですが、途中で二叉に分かれています。
口器の外観写真で2個に見えていた小顎は、
実際にはどちらも第1小顎の構造だったようです。
つづいて大顎です。
解剖してみるとギザギザの歯があることがわかります。
カブトエビで最も堅い部分かもしれません。
カブトエビは雑食性ですが、
この大顎なら様々な食べ物を砕くことができそうです。
第1胴肢の基部の部分です。
カブトエビを上から観察すると両側に各々3本のアンテナ状の棘が見えますが、
これが第1胴肢です。
左側の画像は基部の拡大画像です。
3本の長いアンテナ状の棘は③~⑤に相当します。
これらは内葉と呼ばれる部分です。
②の部分も内葉ですが、こちらは短いです。
①も内葉かもしれないのですが、勉強不足で分かりません。
この部分は正中溝の口側に伸びる棘の部分です。
内葉は付属肢の原節から生じる構造で、
原節からは内肢、外肢の2本の枝が伸びます。
この二叉構造は甲殻類の基本的な肢の構造で二叉型付属肢などと呼ばれます。
エビなどの大型甲殻類の胸脚の内肢は歩脚状に発達しますが、
カブトエビの内肢は退化的です。
第1胴肢には2枚のヒレ状部があります。
大きい方は外肢、小さい方は副肢です。
原節の底節から伸びる外葉を副肢と呼びます。
第1胴肢に続く第2胴肢、第3胴肢です。
基本的な構造は第1胴肢と同じですが、内葉がコンパクトになります。
②-⑥は原節に付属する内葉です。
①も内葉かもしれないのですが、勉強不足で分かりません。
この部分は正中溝の口側に伸びる棘の部分です。
2枚のヒレ状部のうち、大きい方は外肢、小さい方は副肢です。
内肢は退化的です。
第4~第10胴肢は第2胴肢、第3胴肢と同じような形状です。
ただ、内葉は棒状から葉状に変化します。
第11胴肢と第22胴肢です。
第11胴肢は内肢が拡張し育房に変化します。
外肢が蓋になって育房内部の卵がこぼれないようになっています。
右側の写真は第22胴肢です。
今回は第22胴肢までで解剖を諦めました。
これよりも後方にも胴肢の列は続きます。
育房より後方の胴肢(腹肢)は原節が短くなり、内葉は葉状に変化
外肢と副肢が大きくヒレ状になります。
ただ、基本的な構造は前方の胴肢(胸肢)と変わりません。
腹肢は後方に向かって徐々に小さくなりますが、
その分、数は非常に多くなります。
“節足動物の多様性と系統”によれば、
カブトエビを含む背甲目の付属肢は前部で35~71対
生殖節(第11胴節)よりも後部に24~60対の付属肢があると書かれています。
胴部の節数は25~44節とされています。
生殖節より後方の各節からは2~6対の付属肢が生じるそうなので、
節数よりも付属肢の数の方が多くなります。
*節足動物の脚は、体節に1対ずつ付属するのが普通なので付属肢と呼ばれます。
頭部の触角や大顎も付属肢が起源です。
一つの節(体節)から複数の付属肢が生じる場合、
体節が融合した可能性があります。
さて、育房内部には数は少ないものの卵(休眠卵)が残されていました。
休眠乱は一ヶ月ほど乾燥させた後に水に戻せば孵化するそうなので、
2世に期待してみましょう。
今回採取した5個体のうち、
冷蔵保存した4個体からは休眠卵を少ししか確保できなかったのですが、
1個体を3日ほど飼ってみたところ数十個の休眠卵を産卵したので、
こちらは期待できます。
休眠卵を手に入れたいときは数日でも飼育してみると良いみたいですね。
今回のアメリカカブトエビは群馬県藤岡市の水田から採取しました。
群馬県立自然史博物館 自然史調査報告書 第4号 内の
“群馬県内のカブトエビ(Arthropoda;Triopsidae)の生息調査”では
群馬県内のアメリカカブトエビとアジアカブトエビの生息調査が行われています。
なかでも藤岡市周辺の神流川の扇状地末端の湧水地域からの報告が多いので、
このエリアに絞って調査を行いました。
このエリアの水田にはコガムシの幼虫やホウネンエビなど水生生物が多く、
水質が良いのだろうなあ、と思いました。
藤岡市で取れたお米は安全で美味しそうです。
カブトエビを見つけるには場所も大事ですが時期も大事です。
何しろ寿命が短いので成体を見つけられる期間は10日ほどに限定されます。
一般的には5月から6月はじめにかめて見られるようですが、
群馬県は2毛作を行っている関係上、田植えの時期が遅く、
このためカブトエビの発生時期も6月最終週~7月第1週になるようです。
今回のカブトエビ採取に当たっては
水田や畦を荒らさないように、細心の注意を払って、
道路から柄の長い金魚網を用いて金魚すくいの要領で採取しました。
なので採取個体数が少ないのですが、観察には十分でした。
そもそも野生のカブトエビは共食いや、
捕食生の水生昆虫にかじられていることが多いので、
採取した個体から休眠卵を採取して育てる方が良いのかもしれません。
ここで紹介したカブトエビの写真を使用したい方は下記の
“ねこのしっぽ 小さな生物の観察記録”の画像利用のガイドライン
に同意して頂ければ無償で使用できます。
個人のブログやSNSに関しては連絡不要ですのでご自由に拡散してください。
皆さんに、この奇妙で古い生物を見てもらいたいですね。
参考文献:
節足動物の多様性と系統、岩槻邦男・馬渡峻輔 監修、石川良輔 編集、裳華房、2008年.
群馬県立自然史博物館 自然史調査報告書 第4号、
(5)群馬県内のカブトエビ(Arthropoda;Triopsidae)の生息調査 p48-53.